文学のなんたるかを

「先週はとてもいろいろなことがありました…。」とドイツ語の先生が授業のはじめに言いました。

確かに学祭と同時に忘れられないことは、ドイツの作家Ingo Schluze(インゴ・シュルツェ)さんが大学に来たことです。シュルツェさんはドイツを代表する著名作家で、800ページもある新作Neue Leben「新たなる生」の原稿の一部を持ってきてくれました。

「新たなる生」はある小説家が3人の女性に送った手紙が描かれています。小説家であることを「堕罪」と表現した自分が東西ドイツ統一をはさんで変わっていく自分を見つめ、苦悩する様子を淡々と手紙に告白するように表現しています。

前半はシュルツェさんの作品紹介と朗読でした。紹介のなかでシュルツェさんは、読者は手紙を読んで対話をしてほしい、自分の経験したことを思い浮かべてさまざまなことを作品にぶつけてほしいと話します。そしていよいよ作品についての質問・議論となりました。次々と作品やシュルツェさん自身の質問が飛び交うなか、決心して手を挙げました!とても単純な疑問が浮かんだからです。

「なぜ、書簡形式にしたのですか?対話をするのなら、会話・独白・演説などさまざまな形があるのではないでしょうか?」

「対話と言いましたが、ここではこれを読むことによる『反響』と言ったほうがいいでしょう。手紙にすることで、しかも3人の女性にひとつのことを違った表現で書くことで、さまざまな見方や捉え方をしてほしいと思いました。例えばこれを起こったことどおりに順番に書いていくと、ひとつの『事実』ができあがってしまい、違った見方ができなくなります。」

今まで小説はいろいろな書き方や表現があり、作家の好みで(もちろんいいと思って)好きに書かれている気がしてました。実際は合理的にしかもある意味美しく仕上がるように計算されていたのですね。主観を持たせて、起こったことをすべて表現するには確かにこの形式が一番いいんだなあと感じました。まだまだ勉強不足でした。

小説への見方も変わりました。今までは小説はすべて作家の空想や発想で作られてる、エンターテインメントに近い感じがしていましたが、今回で言えばベルリンの壁崩壊が人々の心に与えた影響など社会的要素を含んだものもあるのだということです。登場人物や舞台は作られたものだけれども、実際に起こったことを含ませ作家がどう思ったかを小説で表現しているのです。人が作ったものだから考えが作品に映るのは当たり前かもしれません。もちろんまるっきり架空のものもありますが、小説を読むときにはこういうことも意識したいと思いました。

作品
「幸福の33の瞬間」 デビュー作。あまり知られていなかった「東」の生活を描き大きな話題に。
「シンプル・ストーリーズ」 壁崩壊後に激変した社会の人間を描く。原題は"Simple Storys"。ストーリーの複数形がそのままsなので実はこれはドイツ語なんですっていうネタも教えてもらいました。

どれも読んだことないけどすーぐに読みたい本リストに入りました♪
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by walkie-talkie | 2005-11-19 01:00 | think / denken  

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